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救命救急士学科特別顧問

黒岩 祐治

ジャーナリスト
フジテレビ
報道局解説委員キャスター
早稲田大学大学院講師

黒岩 祐治

消防官だからできること■最近の著書
「消防官だからできること」
(リヨン社)
実際の火災現場、救急現場の話から江戸の火消しの話まで、徹底した取材で「消防全体」に取り組んだ意欲作。
私のジャーナリスト魂を揺さぶり続ける救急医療問題。
救急救命士をめざす皆さんに敬意を表します。
  社会部記者だった頃、取材を通して、私は日本の救急隊は医療行為ができないことを知りました。欧米先進諸国では救急車の中から始まる救急医療。ただ運ぶだけの日本の救急隊とでは救命率の違いは歴然でした。欧米に比べて20年は遅れている。私はこの現実に愕然とし、当時、私がキャスターを務めていたニュース番組で「日本でも医療行為のできる救急隊を実現しよう」というキャンペーンを始めたのです。1989年のことでした。このキャンペーンは世論を喚起し、国会を動かし、2年後の「救急救命士法」制定へとつながります。以来、救急医療や消防の問題は、私にとってのライフワークとも言えるテーマとなりました。救急救命士をめざす皆さん、救急医療の明日に向かって突き進んでください。私もともに頑張りたいと思います。 
  1954年9月26日神戸市出身。早稲田大学政経学部卒業。1980年フジテレビ入社。営業部勤務、番組ディレクター、報道部記者を歴任。1988年4月から「FNNスーパータイム」のキャスターに。当時、救急医療に関する取材でキャンペーンを展開。のちに国会で救急救命士法が制定されるきっかけとなり、放送文化基金賞、民間放送連盟賞を受賞。1992年より「報道2001」のキャスターに。その後、ワシントンに2年間駐在。帰国後、再び「報道2001」に復帰。他に同局のドキュメンタリシリーズ「感動の看護婦最前線」「奇跡の生還者」のプロデュースキャスターなども務めた。現在、フジテレビ報道局解説委員・キャスター。著書に「救急医療にメス--走れ家族のための救急車」「ナースたちの朝」「人間はテレビよりスクープだ」「マスコミ改革を考える」がある。2005年4月より本校特別顧問となる。

中條 永吉

元東京消防庁消防総監
元全国消防長協会会長
元アジア消防長協会会長

中條 永吉
救急救命士法の実現に尽力してきた私の思いを、
教育の場に息づかせたいと思います。
  医師でなければ医業をしてはならない。法律によって厳しく規定されているため、私は救急隊長としてどれほどの辛酸をなめたことでしょう。東京消防庁消防総監・全国消防長協会会長への就任を機に、私は「真に国民の要請に応え得る救急業務の確立」を決意しました。その推進にあたっては、総監の諮問機関に対する諮問、答申を繰り返しながら優秀な救急隊員のありようを具体化しました。全国900余にのぼる消防本部の結束も図りました。また、マスメディアの協力を得てパブリシティ方式を試みました。こうした努力が救急救命士法として結実したのです。ことに、テレビでの救急医療に関するキャンペーン番組は、異例のスピード成立に大きな影響を及ぼしたと思います。あれから十数年、私は今、救急救命士に夢を託す皆さんとともに歩めることが、この上なく幸せです。
  駒澤大学商経学部卒業後、1952年東京消防庁に入庁。1983年8月の東京消防庁次長を経て、2年後の1985年7月には東京消防庁消防総監に就任し、東京消防庁を牽引した。同時に全国消防長協会会長、アジア消防長協会会長の任に就く。退官後は1990年8月の財団法人試験研究センター理事長をはじめ、財団法人東京救急協会理事長、東京防災指導協会理事長、東京都医療審議会委員、災害救援ボランティア推進委員会教科書編集委員長、社団法人江戸消防記念会名誉会長、財団法人日本防火研究普及協会理事など、数々の要職を歴任。現在は「東京消防懇話会」会長を務める。1998年に内閣総理大臣賞、2001年には勲三等瑞宝章を受けた。2005年4月より、救急救命士学科特別顧問となる。

医療系顧問

高岸 直人
高岸 直人
  福岡大学医学部整形外科初代教授 ・福岡大学医学部リハビリテーション初代部長 ・
・医療統括本部長
  昭和21年に九州帝国大学(現九州大学)医学部を卒業。翌22年、同大学医学部整形外科入局。25年から同科の講師を務める。32年から2年間アメリカデトロイトのウェーン大学に留学。帰国後、前職復帰を経て、昭和35年以降、広島日本赤十字病院附属原爆病院整形外科初代部長兼リハビリテーション初代部長、整形外科スポーツ研究会会長、日本手の外科学会会長、日本整形外科学会議長、アメリカ肩肘学会特別会員、国際肩関節学会会長、九州スポーツ医・科学会会長、西日本臨床スポーツ医学会会長。西日本整形・災害外科学会会長など、数多くの要職を歴任、現在に至る。

古賀 道弘
古賀 道弘
  久留米大学名誉教授・医学博士 ・聖マリア病院顧問
・久留米大学医学部附属病院元副院長
  昭和20年九州帝国大学(現九州大学)を卒業。同27年に九州大学医学部附属病院勤務。29年に医学博士の学位号を取得し、同年九州大学第一外科医局長に就任。九州大学講師、久留米大学助教授を経て、昭和40年に久留米大学医学部教授に就任。以後、日本心臓血管外科学会会長、日本胸部外科学会会長などを歴任。現在も、日本心臓血管外科学会名誉会員、日本胸部外科学会名誉会長などの要職にある。

徳永 皓一
徳永 皓一
  九州大学名誉教授・医学博士 ・国立病院九州医療センター名誉院長
・九州大学医学部附属病院元院長
  昭和30年に九州大学医学部を卒業。同37年医学博士の学位号を取得。39年より2年間、アメリカのフィラデルフィアジェファーゾン医学大学に留学。その後、九州大学医学部講師を経て、昭和49年に教授。平成3年に九州大学医学部付属病院長に就任。翌4年に医学部教授を併任のまま国立福岡中央病院院長。平成6年から9年まで国立病院九州医療センター院長。